まずは感謝と謝罪と弁解を。
iQOS3 duo」という記事を書きました。ネットって怖いな!こんなにも爆発的に広まると思わず、1週間で6万viewほどされたようです。本当にありがとうございます。煽るようなタイトルにした理由は、いま浜崎あゆみを無視している人たちへの怒りでした。どの口が言うねんというツッコミは甘んじて受けます。だけど『A ONE』がすっごく良かったから、これはみんな聴けばいいのに!なんで聴かれないんだ!あゆだからか!あゆは昔の人だからか!でも最新作こんなにもいいんだから昔ファンだったアラサー女子(ex.女子高生)はすごく多いはずだから!これで興味が向くなら向いてくれ!えーいこのタイトルつけちゃえ!!!という勢いでした。それなのに炎上しなかったいまのあゆファンみんな優しい(号泣)昔のファンというスタンスの想いを読んでいただいてありがとうございました…。ましてやpineappleさんには三陽金属 日本製 刈払機用チップソー ザッカル荒地刈 両側刃 255mm 40P 石に強い 接地刈り 除草 草刈りまで書いていただいたりしてもうなんだか、冥利に尽きます(号泣)

結局ライブには行きました。別に記事をあげたのでそちらも読んでいただければ。
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そしてまだある弁解は、あの記事、5000字近くあるのね笑。みんなよく読んでくださったと思うと共に、それ以上長くしたらさすがにブログ記事としてダメだろうと自制が働いて、好きだった理由・歌詞・曲・どこに共感したのかなど一切抜いたまま書いたのです。だけどあれが広まるにつれ、個人ブログならどれだけ長くなってもいいかな…とだんだん書きたくなってきたのですよ…ということで前書きもそこそこに、懐古厨丸出しだけどよろしければお付き合いくださいませ。諦めるよりも怖いことなどないのだから。


▼浜崎あゆみとの遭遇

浜崎あゆみにどれだけの影響力があったかということは、2010年代にAKBG、中田ヤスタカプロデュースを全部排除した世界を想像してみるといい。あるとない、世間的な存在感としてはその差と同等と言えるだろう。しかし「あゆ=歌詞」と言わしめたほどの、一個人の内面に与えた歌詞の影響力は到底及ばない。ほんの10年前までは、浜崎あゆみ自身がひとつの文化であり、独立したひとつの文化だったからこそ、ここへきて見て見ぬ振りをされてしまう孤高の存在になりえてしまったのだ。

あの頃の自己紹介をしておくと、ひとりっこであったため、幼いころから本やテレビが友達という節があった。自分の内面も友達だった。さらに女の子は早熟という言質が当てはまったのか、わりと早くから大人びた理解を示していたように思う。アダルトチルドレンの面もいまでは自覚している。だから同世代の友達は少なかった。同じような人間が長い友人になった。あまり周囲に溶け込めず、陰と陽なら迷わず陰を選んできた。あゆはギャルとヤンキーだけでなく、そういう子どももファンにさせてくれた。

わたしが初めてこれが浜崎あゆみという人で、これが浜崎あゆみの新曲だと認識したのは「WHATEVER」リリース時(1999年2月)だった。
徳光和夫と中山エミリ司会の「速報!歌の大辞典」で、あゆがVTRでコメントしていたのだが、いわゆるおバカ丸出しなコメントをして失笑されたあとに(お決まりの流れだった)歌唱シーンが放映された。
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注目していくと、出るわ出るわ新曲の数々!本当にリリースペースが早く、1999年には7枚もシングルをリリースした。当時は恋愛なんてよくわからなかったけれど、歌詞に語られる想いをこんなにも自分に当てはめてもいいのだろうか?こんなにも欲しかった言葉をくれるものなのか?こんなにも内面のもやもやを表現できるものなのか?と、新曲や過去の曲を聴いて、ハッとさせられる体験ばかりだった。その中身は共鳴・啓発といった側面もあったと思う。だけど、あの頃はそういう意味もすべて「共感」という言葉に集約されていた。

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《いつも強い子だねって言われ続けてた/泣かないで偉いねって褒められたりしていたよ/そんな風に周りが言えば言うほどに/笑うことさえ苦痛になってた》
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《ガラクタを守り続ける腕は どんなに痛かったことだろう/何を犠牲にしてきたのだろう/決してキレイな人間にはなれないけどね いびつに輝くよ》
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《”イイヒト”って言われたって/”ドウデモイイヒト"みたい》
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《足元に咲いている花にさえ 気付かないままで/通り過ぎてきた私は鏡に 迎えなくなっている》
《幸せの基準はいつも 自分のものさしで 決めてきたから》
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あゆの歌は、言葉を分解したりじらしたりしない。音節に忠実な言葉の譜割りでありながら、言葉を利用して自分自身の内面の何かを語ることができること。音に意味を与え、意味に意味を持たせること。それが歌姫の力だと教えてくれたのもあゆだった。

がっつり心を掴まれたあとに満を持して送り出された「スーパーテレビ情報最前線 噂の歌手の正体見た浜崎あゆみ…光と影」(2000年5月)の放送は衝撃だった。歌手という商品としての「浜崎あゆみ」と、作者や裏方としての「あゆ(ayu)」の使い分けを放送に乗せるあゆがわからなかったし、自然体の姿を見せてくれることが嬉しくもあった。わかりたくて、録画したビデオテープが擦り切れるほど何度も何度も巻き戻しては繰り返した。(見たことない人はこっそり海外のサイトで検索してみてね)
そして放たれる、絶望三部作。その頃は「友達ってなに?仲間ってなに?みんなで仲良くって幻想でしょ?」という冷めた小学生だったため「SEASONS」ですら明るいと感じていたけれど、3rdアルバム『Duty』(同年9月)も最高だった。収録曲のタイトルだけでも「Duty(=義務)」「vogue(=流行り)」「End of the World(=世界の終わり)」「SCAR(=傷跡)」「SURREAL(=超現実)」うわあなんて暗いんだろう!「AUDIENCE」はきっとライブ向けに作られただけにちがいない!最高だ!あゆ!一生ついていく!


▼浜崎あゆみはロックである(ない)

浜崎あゆみは絶望を抱えたまま愛を信じる。父(理解者)の不在、生きている負い目、愛という感情の欠落、底知れぬ諦念、それらをを受け入れてただ君の幸せを願う。これがJ-POPの歌詞の範疇だろうか。命からがら伝える彼女の歌詞や姿勢は、最新の化粧とネイルを施し最先端のファッションをまとっていたとしても、よほどロックだと感じられる。

巨星・宇多田ヒカルとリリースがぶつかった『A BEST』(2001年3月)リリース。ほぼ同時に発売されたROCKIN’ ON JAPANでは「まさかの」「全然ロックじゃねえ」「たかが流行りの歌手風情が」「あんなちゃらちゃらした若い女が」表紙を飾った。硬派な読者からは相当怒りのクレームが押し寄せたらしいけれど、あゆはロックであると感じていたこちら側としては、すでにJAPANの読者だったが驚きはしても全然受け入れられる話だった。JAPANでなら浜崎あゆみの闇の部分をさらけ出してもいい、そうあゆ自身から逆オファーされたとされる3万字インタビューは壮絶なものだった。生まれ、育ち、デビュー秘話、、あまりに孤独でか弱く冷たいあゆの肖像に、最初はこれがあゆの言葉だなんて信じられなかった。だけど「光と影」と同じように、本当のあゆを知りたくて、何度も何度も読みこんだ。
いま本誌が手元にないので詳細はあやふやだが、最も印象に残っている言葉がある。「この顔をつけて外を歩きたくないんだよね」。当時は、誰もに羨まれるその顔が憎いだと?といぶかしんだものだった。だがこれが20歳超えてから本当によくわかる。自分の顔ばかりが勝手に一人歩きすることが、これほどに恐ろしいものだとは。これがあゆの言っていたことか、と規模はもちろん小さいけれど、知ることになった。嘘も真実もオンもオフも関係なく、勝手に他者から与えられる印象がすべてこの顔に集約されるのだ。仮面のように取り外しできたらどんなにも。

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次にリリースされたのは「UNITE!(=結合)」(同年7月)だった。ここで初めて「僕ら」「僕たち」「君たち」ではなく、愛する人の特権であった「君」という場所にファンや顔の見えないあなたが代入され、その「君と僕」が手を取り合うことになる。そうしてあゆはまわりと共に生き永らえる道を選んだ。そして愛の名曲「Dearest(=最愛の)」(同年9月)を経て、わたしが一歩離れる決定的なきっかけとなった「Daybreak(=夜明け)」(同年12月)に繋がっていく。


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ここであゆとわたしの間に大きな断絶が生まれた。まだ社会に出ることなく学校という絶望の箱庭にいたわたしにとって、学校と社会の隔たりと同じように、社会で生きる人間となってしまったあゆはまったく違う人間になってしまったと感じられてしまった。

それまでは浜崎あゆみはクールに何かと戦っているからこそ素直にかっこいいロックな存在だったのに、それを誇示するような振る舞いが増えて残念に思い始めたのもその時期だった。人間そのものの姿だと感じることができる、演技をすることなく本質を表現できる人をアーティストと呼びたい。それまでのあゆは、曲を作っていてもいなくても、わたしにとってはアーティストそのものだった。綴った言葉を自分の声に乗せて発信することは素晴らしい内面の発露であり、真の表現活動だった。「Free & Easy」(2002年4月)のモチーフにもなった「ジャンヌダルク」、そこまで戦いを上塗りして見せつけなくても、あなたはあなたのままですでにかっこよかったのに。(賛否両論あると思うが)「Endress sorrow」以降、より技工的に虚飾的な様相を増していくあゆが悲しかった。だけど社会で自分が自分であり続けるために、自らを自覚すればするほどに、 武装しなくてはいけなかったんだよね。わかってあげられなくてごめんね。


▼好きな曲/苦手になった印象

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《僕らはきっと幸せになるために/生まれてきたんだって/思う日があってもいいんだよね》
でもよくよく考えるとこの「現時点」、2005年ぐらいまでの曲の中で、ぐらいに決めた順位だった。いままたランキングを組むと、別の曲がトップにくるだろう。果てしない…。

わたしがやっと女子高生になれたのは、心が一歩離れたあとだった。とはいえ一歩離れても話題の中心にはあゆがいたのでずっと聴き続けていたし、その間に生み出された大好きな曲もたくさんある。など。
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あゆを聴くことは女子高生の宿命として、卒業間近にリリースされたまではリアルタイムで聴いたけど、が決定的に受け入れられなすぎてわたしはこの曲を聴かなかったふりをすることを決め込んだ。その後も追わなかった。観ている歌番組に出ていたら観たけれど、浜崎あゆみの活動に対し、見て見ぬふりをし続けた。


▼「共存」を得てから、あの頃を振り返る

それがあのときのあゆと同じような年齢になってみると、の《カッコ悪い事なんかじゃない》に背中後押しされる人とか、に勇気付けられる人の気持ちも、「 Born To Be…」を歌うことにしたあゆの気持ちもおそらく理解できるようになった。必要だったのだ。いまその年齢を生きる人間として、やっとわかるよ。わたしはあのとき、あゆが歌う《あの頃の僕ら》の中に、まだ《いま》を生きていたのだ。だから理解できるわけがなかった。うちらは儚く可愛いあゆに憧れていたけれど、現実のあゆは儚さを捨て逞しくならなくては生きていけなかった。だからあゆは逞しさを必要としなかった《あの頃の僕ら》に想いを馳せ、《いま》からメッセージを送った。これを《いま》になって察することができることが、わたしの中にやっと芽生えた「共存」なのだと思う。

この記事を書き始めて、初めて「スーパーテレビ情報最前線 浜崎あゆみ…光と影 25歳の絶望と決断」を見た。初めて興味を持った。そのときから本当に遠ざかってしまっていたのだなと、再生ボタンを押すときに自覚した。時間が進むとあまりに痛々しいドキュメンタリーと、それを癒やすように故郷で家族を懐かしむ自然体でやわらかな女性の姿が映しだされた。スーパーライブのスタッフが5年かかったあの笑顔と出会うには、わたしにはさらに11年もの月日が必要だった。

そもそも再びあゆに向き合おうとしたきっかけは、Mステのを観てから、に入ってほぼ10年ぶりにを聴いたことだった。10年ぶりに聴くのに普通に全曲口ずさめたことに驚き、また嬉しくも感じた自分を発見した。はあゆが25〜26歳のときの作品だ。当時17歳だったわたしにとっては未知の領域だった。いまでは自分が立つ・もしくは通り過ぎたフィールドである。あの頃受け入れられなかった思想を、いま理解できないわけがなかった。そして最新作が気になり、あとはお恥ずかしながら皆さんの知るとおりである。


▼おわりに

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前を行くあゆに対して、誤解することもあったし疑うこともあった。これからだって、きっと疑問を持つことはあるだろう。だけど、それでも、わたしは浜崎あゆみを信じていていいのだ。この2つの文章は、少しでもあゆへの贖罪、あゆに失望を感じたかつての自分への労いや救済になっただろうか。それはまだわからない。道は続くし終わりはない。だが始まりには終わりがあるように、終わりには始まりがある。わたしはこの再会を祝したいと思うとともに、8月のニューアルバムに期待を寄せる。



「Born To Be...」
《今なら わかる事がある/今なら 見えるものがある》
《いつかは 許せる日が来る/いつかは 笑える時が来る》